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これからは「会社」のためではなく、目の前の「人」のために働きたい。定年後、新しいキャリアへの挑戦 #わたしのスキル解放記

自分が当たり前のようにやってきたことが、別の誰かから見ると大きな価値になることがあります。

「#わたしのスキル解放記」では、自身の持つスキルに気づき、それをバネに人生の次のステージへとジャンプした人々の物語を紹介していきます。

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西川明宏、66歳。職業、キャリアコンサルタント。
彼の元には、スキルマーケット「ココナラ」を通じて日々さまざまなキャリアの悩みが寄せられます。

「学生さんから50代の方まで、いろんな方から依頼をいただきます。30代くらいの方からの転職相談が特に多く、『職務経歴書を見てください』『面接の練習をしたいです』とか、キャリア周りに関する相談ならなんでも受けています」

醸し出す穏やかな空気、そして依頼者に親身に向き合う姿勢が評判を呼び、仕事の数は右肩上がり。リピート利用も多いといいます。

20〜30代の出品者が圧倒的に多い「ココナラ」で西川さんはいわば年長者ですが、それはまったくマイナスにはなっていません。むしろ年齢がポジティブに働くことも多々あります。

「以前、誰もがうらやむような大企業で働く50代の方からキャリア相談の依頼を受けたことがあります。『営業職をずっと続けているが、会社の名前でものを売っているだけで、自分の力で何かを成し遂げたと思えたことが一度もない。張り合いがないから転職したい』と。おそらくこういう悩みは、若い人には相談しづらいんじゃないでしょうか」

こういった悩みに寄り添い共感できるのは、西川さんが一社に勤め抜いた経験を持つからです。

医療機器メーカーで約40年働き、定年後に飛び込んだ新たな世界。ここに辿り着くまでの道のりは、着実に足元を踏み固める堅実さ、そしてときには崖からジャンプするような大胆さが合わさった、起伏に富んだものでした。

エンジニアからバックオフィス、0からのリスタート

「理系の大学を卒業して、エンジニアとしてキャリアをスタートしました。ものづくりに憧れて入社したので、希望が叶って嬉しかったですね。しばらくは現場で開発の仕事をしていましたが、ずっと好きなことをやっているという感覚でした」

西川さんのキャリアの出発点は、医療機器メーカーでの開発職です。

定年までひとつの会社に勤め上げるのがいわば“当たり前”の時代。西川さんもその会社で着々と実績を積み重ねていきます。技術ひとすじのキャリアに転機が訪れたのは、入社して20年が経った頃でした。

「40代で課長になって現場仕事からほぼ離れたんですけど、現場が好きだったので、管理職がつまらなく感じたんですよね。日々の仕事に飽きを感じてきた頃、社長直属のチームで総務や人事の仕事をしてくれないかといきなり声がかかったんです」

突然のキャリアチェンジの誘い。エンジニアからバックオフィスへと大きく仕事内容が変わることについてとまどいはなかったのかと訊ねると、「開発の仕事はやりきった感覚があったので未練はまったくなかったですね」と西川さん。新しいことをやってみたいという興味が勝り、社長と二人だけのチームに異動することになりました。

「総務部を0から立ち上げ直すような仕事で、人事評価のフォーマットを作るとか新卒採用のやり方を考えるとか、全部まっさらな状態から始まりました。当時はインターネットも発達しておらず、各社がようやく会社のウェブサイトを作り始めたくらいの時期。うちの会社のウェブサイトも、私が直接HTMLを打ち込んで作りました(笑)」

バックオフィスに携わる仕事であればなんでもやる毎日。新しいことにチャレンジするのが好きな性格も手伝って、日々の業務にはやりがいを感じていましたが、その中でも特に楽しさを覚えたのは新卒採用の仕事でした。

「会社説明会の運営や合同説明会への参加、面接まで、採用に関わることはすべてやりました。新卒採用の市場って毎年変わるので、その年の学生さんの気質や経済状況に合わせて採用の手法を考え、企画していく必要があるんです。自分のアイデアが生かされる、創意工夫の楽しさを感じましたね」

さらに新卒採用で多くの学生と関わる中で、西川さんは「若い人と関わるのが好き」だと自覚することになります。

「新卒採用を通じて、自分は若い方を助けたり支援することに生きがいを感じる人間なんだなと気づきました。以前から年下の人をサポートするのは好きで、課長時代には部下の仲人を引き受けたこともあったり……今の人は仲人ってわかりますかね(笑)」

就職や結婚といった、若者の人生の大事なターニングポイントに携われることへの喜び。そのとき覚えた感覚が、キャリアコンサルタントの仕事につながる小さな芽となりました。

別のことを始めるなら今しかないと思った

社長の右腕としてバックオフィスの基盤作りを担い、夢中で働き続けるうちに、定年退職が目前に迫ってきました。定年まであと数年というところにきて、西川さんは未来のことを考えるようになります。

「定年2、3年前になってようやく、この先どうしようと考え始めました。私のいた会社は、定年後はほとんど全員が再雇用を選ぶんです。ただお給料も下がるし、ずっと一社で働き続けてきたので、私としては『もうこの会社はいいかな』という気持ちがあった。年が年ですから再就職は難しいですけど、別のことを始めるなら今しかないと思いました」

次のキャリアを考えたとき真っ先に思い浮かんだのが、自身がもっともやりがいを感じていた採用の仕事です。若い人と関われて、創意工夫ができ、採用に関係する仕事。そのキーワードから浮かび上がってきたのがキャリアコンサルタントでした。

「今までの経験やスキルを活かすには、採用の仕事の延長にあるものがいいだろうと考えました。人事やキャリア関係の仕事について色々調べていくと、キャリアコンサルタントの資格をとれば大学の就活支援センターで働けたり、転職のアドバイスの仕事ができるとわかったんです」

そうして、働きながら資格取得のための勉強を開始。認定講座に通い、ひと通りの理論やキャリア関係の法律を学びました。そして退職が近づく中で筆記試験と実技試験に挑み、見事合格を果たします。

「試験に合格したのは、再雇用の申請期限の直前だったかな。定年までもう半年しかないというタイミングで……本当にぎりぎりでした。結局次の就職先が決まっていない状態で退職することになりました」

新しいことはこわいけれど、やるしかない

再雇用を選ばずに、そして次の就職先も決まらない状態で退職する——。西川さんの決断には周りの皆が驚くことになります。

「いろんな人から『どうするの?』と心配されました。私自身もすごくこわかったです。資格をとったはいいけど本当に自分にできるのか? と不安でした」

資格取得後にまず取りかかったのは、インターネットを使った集客でした。ウェブマーケティングに詳しい知人に依頼してブログを作成し、そこから仕事を得ようと試みたのです。

「これからはインターネットの集客だ! と思いブログを試しましたが、相談者からインターネットを通じてお金をいただくのって難しいんですよね。もっと簡単な方法はないかと調べていたときに『ココナラ』を知って、出品も簡単そうなのでやってみようかなと始めました」

2015年春、「とりあえずやってみよう」の気持ちでココナラに登録し、出品をスタートしました。当時はワンコイン(500円)でサービスを出品するシステムだったため、まずは「ワンコインの簡易適職診断」から始めてみることに。当時の心情を、西川さんはこう振り返ります。

「資格を取ったばかりで実務経験もないわけですから、最初は『こんなのでお金をいただいていいんだろうか』とこわかったですよ。でも始めないことには経験を積めないので、まずはできることをやるしかないと思いました」


簡易適職診断のサービスが売れ始め、徐々に要領をつかんでいくと、次はメッセージのやりとりをベースにした転職相談サービスも始めました。「これでお金をもらってもいいのか」という不安は、慣れと共にやわらいでいきます。ほどなくしてビデオチャットでの相談サービスも始めることにしましたが、これがなかなかハードルの高い決断だったようです。

「ビデオで話すということは、メールとは違ってリアルタイムでのやりとりになるということですよね。メールなら参考書を見たり考えたりする時間がありますけど、リアルタイムはちょっと心配だな……となかなか踏ん切りがつきませんでした」

しかし、ここも「やるしかない」とチャレンジ。「依頼者さんにはご迷惑をおかけしたこともあると思います」と振り返りながらも、めげずにサービスを提供し続けました。ビデオチャットの導入により「プロ認定」を取得し、その効果で依頼者の数は右肩上がりに増えていくことになります。

「ココナラ」で西川さんに寄せられたレビュー

「ココナラ」のレビューには、的確なアドバイスに対してだけでなく、親身になって不安に寄り添ってくれる姿勢にも感謝の言葉が多く寄せられています。

「依頼者の方から『穏やかな雰囲気ですごく話しやすいから、西川さんは人気があるんだと思います』と言っていただいたことがあって。私も自分のそういうキャラは多少なりとも自覚しているわけですけど、それは実務経験の短さをカバーできる強みといえるのかもしれません。まずはご自身のことを安心して話してもらうのが大事ですから」

西川さんが自身の経験から教えてくれるのは、スキルとは必ずしも知識や実務経験のみを指すわけではないということ。コミュニケーションを取りやすい、人生経験が長い……そういったキャラクターや属性も、十分「スキル」になり得るのです。

そして今、未来を見据えて思うこと

「定年退職するとき、『これからは会社のためではなく、目の前の人のために働こう』と思ったんですよね」

会社員時代から変わった仕事観や人生観があるとしたらどんなことですか?
その質問に、少しだけ考えたあと、穏やかな笑顔と共に返ってきた答えです。

「会社のためではなくちゃんと個人に向き合い、ひとりひとりのためにスキルを提供して、『ありがとう』と言ってもらえるような仕事をしていきたいと思うようになりました」

自身のスキルと経験を活かし、個人の悩みにきちんと向き合っていくこと。それはキャリアコンサルタントとしての仕事だけでなく、西川さん自身が歩んできたキャリアや人生を若い人たちに伝えていくことも含んでいます。

定年退職を機に新たなスタートを切った西川さんの元には、過去の彼自身と同じように定年後のキャリアに悩む人からの相談も寄せられます。50代後半の会社員にとって、定年後の進路は大きな悩み。ほかの選択肢を知らずに仕方なく再雇用を選ぶケースも多いそうです。

「私自身の話を聞きたいと連絡をくださる方もいます。この前も、ある方に今の仕事に至るまでの話をしたらすごく感激してくれて。『勇気が湧きました』と言っていただけて嬉しかったですね」

転職もめずらしくなくなり、「副(複)業」をはじめ働き方はどんどん多様になっています。とはいえ、定年後のキャリアにはまだまだ選択肢が少ないのが現状。今、まさに西川さんのようなパイオニアが、あとに続く人たちの道を照らし始めたところなのかもしれません。

「もうすぐ67歳になりますが、70歳まではキャリアコンサルタントとして働こうと思っています。資格が5年ごとの更新で、ちょうど70歳で切れるので、その辺で一度肩書きを返上してまた新しいことをやってみたいですね。今までの経験を活かして、キャリアとはまた別の悩み相談に乗るような……そんなことをやりたいと漠然と思っています」

70歳からはまた新しい挑戦をしたいと語る西川さん。開発の現場からバックオフィスへ移ったとき、キャリアコンサルタントの資格取得にチャレンジしたとき、会社を退職したとき、ココナラでサービス提供を始めたとき。これまで何度も新しい海に飛び込んできましたが、それはいつも不安や恐怖感がセットでした。

いくら年齢を重ねても、人生経験を積んでも、新しい世界に飛び込むときは不安な気持ちになるかもしれません。でも、その不安を超える少しの勇気を出すことができたら、私たちは何歳になっても新鮮な心で世界と向き合えるのかもしれません。

撮影:飯本貴子