「1カット10万円」に納得できるものを。自身の持つ“作家性”を信じて歩んだイラストの道 #わたしのスキル解放記
自分が当たり前のようにやってきたことが、別の誰かから見ると大きな価値になることがあります。
「#わたしのスキル解放記」では、自身の持つスキルに気づき、それをバネに人生の次のステージへとジャンプした人々の物語を紹介していきます。
今回お話を伺ったのは、イラストレーター、アートディレクターのマツオカヨウスケさん。これまでイラストレーターとして大手企業と取引の実績があり、イラストで数々の賞も取ってきましたが、クラウドソーシングで評価をされない時期や収入の不安を抱えたこともありました。
自分の強みを見失わず、丁寧に着実にスキルを固めていった過程について伺いました。
クラスメイトからの「絵が上手だね」でイラストの道へ
両親ともにクリエイティブ関係の仕事をしており、4つ上の兄は美大予備校に通っていたという環境で育ったからか、小さいときから暇があれば絵を書いていたマツオカさん。イラストの道を志したのは自然な流れでした。
現在マツオカさんは、イラストレーターとしてNHK教育テレビジョンやサントリーといった大手企業とも取引実績があり、まさに夢に見た「イラストを仕事にしている状態」です。しかし一直線にイラストレーターになったのではなく、その間には紆余曲折がありました。
デッサン力が評価され、フォトレタッチャーとしてスタートしたキャリア
1年間で500本ほどの映画を観ながら、好きなイラストを描き続ける日々。映画を観ることに特に目的意識はなかったものの、映画から影響を受け、イラストにストーリー性を持たせることを意識するようになったといいます。
そうしているうちに「『そろそろ仕事に就こうか』と思うようになりました」とマツオカさん。イラストを描く時間を減らさずに両立できる仕事を探し始め、あるとき目に止まったのが、広告制作会社のフォトレタッチャーの求人でした。
フォトレタッチャーとは、写真に色調補正や合成などの加工を施す仕事。フォトレタッチャーになる人は、もともとカメラ・写真業界出身の人か、Photoshopに詳しい人がほとんどですが、マツオカさんはどちらにも当てはまりませんでした。
イラストレーターとレタッチャーを兼任している人は少ないため、「イラストに強いレタッチャー」のマツオカさんは重宝され、大規模な案件も任されるように。
作家性の芽生え、そしてフリーランスへ
制作会社でレタッチャーとして働き、生活の基盤を整えながら、マツオカさんは並行してイラストの技術も磨いていきます。
制作会社での仕事が5年目に突入する頃、イラストレーターとしての仕事が軌道に乗り始めたことから、フリーランスとして独立することを決めました。
問題なく暮らしていけるだけの仕事はあったものの、受注のチャンスは広い方が良い。そう思ったマツオカさんは、クラウドソーシングに登録することに。しかし、そこでの活動は思うようにはいきませんでした。
いくつかの大手クラウドソーシングに登録する流れで、仕事の間口を広げるためにココナラでもロゴ・イラスト制作の出品をすることに。「正直、期待していなかったです」と苦笑いしますが、綿密な戦略が功を奏し、マツオカさんのイラストは注目を集めるようになります。
あえて選んだ、「安さで勝負」とは逆の戦法
ココナラで選ばれるために心がけたことは、主に2点。
まず、サービスの“顔”となるポートフォリオやプロフィールを充実させ、信頼して任せてもらうための土台を作ること。そして「どんなロゴ・イラストでもできます」ではなく、明確に作風を見せ、その作風によってどんな効果があるかを提示することでした。
さらに、価格設定では大きな勝負に出ます。仕事を受けるためにまずは「安さ」で勝負するという発想が一般的になりつつありますが、ココナラ上でマツオカさんがとったのはまったく逆の方法でした。
蓋を開けてみると、想像以上に反響がありました。マツオカさんの“読み”が当たったのです。イラストレーターとしてのスキルの高さや実績はもちろん、依頼者の満足度を上げるために努力する姿勢が、価格に対する依頼者の納得度をさらに高いものにしました。
「安く・早く」を求める人がいて、そういったニーズに沿うサービスを提供する方法も知っているが、自分が作りたいものはそうではない——。そうして差別化を図ったことで、ひとつの強い“個性”が生み出されたのです。
本人も気付かない希望を拾い上げるのが、僕の役目
ときには数十回にも及ぶ依頼者との丁寧なメッセージのやりとり。ロゴとは何か、イラストとはどのような役割を果たすものか、といった前提からきちんとすり合わせを行っていくのがマツオカさんのやり方です。
また、依頼のハードルを上げないよう、気軽な印象を持ってもらうことも心がけているといいます。
依頼者とのやりとりには「普段クライアントワークで代理店の人と仕事をしている経験も生きていると思います」とマツオカさん。代理店はクリエイターに仕事を頼むプロで、どんな情報があったら仕事をしやすいか、そのための情報をどう相手から引き出すかを知り尽くしているからです。
そうして着実に実績を積み重ね、2023年3月現在、ココナラでのロゴ・イラストの販売件数は140件以上。依頼者から受けた評価は、すべて最高評価である5.0です。
高い価格を設定することで自分へのプレッシャーをかけ、甘えずにクオリティを追求してきた結果が数字にも表れています。
無駄に思えた時間も、振り返れば無駄じゃなかった
現在はイラスト制作が仕事の8割。作家性を評価され、安定して仕事を受け続けられる土台となっているのは、一見“無駄”とも思えたかつての時間だといいます。
特に好きな映画監督は「ジム・ジャームッシュ」だというマツオカさん。ジャームッシュの静かな作風は、マツオカさんのシンプルな線画にも通ずるものがあります。
周りが新社会人として働き始めた頃は、自宅でひたすら映画を見ていた。イラストレーターになり、自分の作風では仕事がとれなかったときも、自分らしさを崩さなかった。そして、同業者がどんなに低価格でサービスを提供していても、自分の絵の価値を信じた。
そういったすべての経験が、“マツオカさんの絵が目にとまる理由”を作っています。
周りと違う道を選択するときは、どうしても不安や迷いが生じるもの。しかし、どんなときも周りに流されずに自分を信じ続けることが、「唯一無二」のスキルへの一番の近道なのかもしれません。
取材・執筆:仲奈々
撮影:飯本貴子
バナーイラスト:マツオカヨウスケ