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「1カット10万円」に納得できるものを。自身の持つ“作家性”を信じて歩んだイラストの道 #わたしのスキル解放記

自分が当たり前のようにやってきたことが、別の誰かから見ると大きな価値になることがあります。

「#わたしのスキル解放記」では、自身の持つスキルに気づき、それをバネに人生の次のステージへとジャンプした人々の物語を紹介していきます。

今回お話を伺ったのは、イラストレーター、アートディレクターのマツオカヨウスケさん。これまでイラストレーターとして大手企業と取引の実績があり、イラストで数々の賞も取ってきましたが、クラウドソーシングで評価をされない時期や収入の不安を抱えたこともありました。

自分の強みを見失わず、丁寧に着実にスキルを固めていった過程について伺いました。

クラスメイトからの「絵が上手だね」でイラストの道へ

「子どもの頃、クラスに一人は絵がうまいやつがいたじゃないですか。僕がそれだったんです」

両親ともにクリエイティブ関係の仕事をしており、4つ上の兄は美大予備校に通っていたという環境で育ったからか、小さいときから暇があれば絵を書いていたマツオカさん。イラストの道を志したのは自然な流れでした。

「みんなが『上手!』って褒めてくれるから、調子にのっちゃったんですよね。それで、美大に進学しました」

現在マツオカさんは、イラストレーターとしてNHK教育テレビジョンやサントリーといった大手企業とも取引実績があり、まさに夢に見た「イラストを仕事にしている状態」です。しかし一直線にイラストレーターになったのではなく、その間には紆余曲折がありました。

デッサン力が評価され、フォトレタッチャーとしてスタートしたキャリア

「美大の同級生たちがグラフィックデザイナーやブックデザイナーなど進路を決めていくなか、僕はなかなか就職活動に身が入らなくて。結局、就職先が決まらないまま卒業したんです。

その頃は、毎日イラストを描きながらひたすら映画を観ていました。1日1本以上見ていたと思います。お金がなくても時間はあったので、まず番宣を観て、そこから妄想でストーリーを膨らませる遊びをよくしていました。本編を観て『僕が考えたストーリーの方が面白いじゃん』と悪態をついたりして(笑)」

1年間で500本ほどの映画を観ながら、好きなイラストを描き続ける日々。映画を観ることに特に目的意識はなかったものの、映画から影響を受け、イラストにストーリー性を持たせることを意識するようになったといいます。

「イラストを描くとき、このキャラクターはどんな性格なのか、普段どんな生活をしているのか、そしてイラストにする場面の前後にどんな行動をしていたのかなど、ストーリーを作り込んでから描くようになりました。振り返ると映画の影響を受けていたなと思います」

そうしているうちに「『そろそろ仕事に就こうか』と思うようになりました」とマツオカさん。イラストを描く時間を減らさずに両立できる仕事を探し始め、あるとき目に止まったのが、広告制作会社のフォトレタッチャーの求人でした。

フォトレタッチャーとは、写真に色調補正や合成などの加工を施す仕事。フォトレタッチャーになる人は、もともとカメラ・写真業界出身の人か、Photoshopに詳しい人がほとんどですが、マツオカさんはどちらにも当てはまりませんでした。

「そのくらい、レタッチャーのことを分かっていない状態で応募したんです。でも、いざ面接を受けてみたら僕のイラストのスキルをものすごく評価してくれて。

レタッチってデッサン力を試される場面が多いんですよ。たとえば、何か邪魔なものが写り込んでいてそれを消したいとき、ただ消すだけでなく、消したあとに周りと馴染むように背景を書き込んだり、色味を調整したりしないといけない。デッサンのスキルがあると、その作業がスムーズにできるんです」

イラストレーターとレタッチャーを兼任している人は少ないため、「イラストに強いレタッチャー」のマツオカさんは重宝され、大規模な案件も任されるように。

「たとえば、国立西洋美術館のモネ『睡蓮』復元プロジェクトにレタッチャーとして参加しました。歴史のある絵画は欠損している箇所が多く、レタッチには絵画の知識が必要になるため、デッサンのスキルを活かせた仕事だったと思います」

作家性の芽生え、そしてフリーランスへ

制作会社でレタッチャーとして働き、生活の基盤を整えながら、マツオカさんは並行してイラストの技術も磨いていきます。

「大学時代の友だちの紹介などを通じてイラストの仕事も受けていました。最初のうちはどんな絵が自分らしいかわからなかったというか……自分の“作家性”に自信が持てなかった時期もあったのですが、ひたすら落書きをしたり作品を作ったりしているうちに、シンプルな線画が好きで、僕らしいなと思うようになって。そこから普遍性のある線画イラストに特化したら、自分の軸ができたからか、徐々に依頼が増えていったんです」


マツオカさんのイラスト

制作会社での仕事が5年目に突入する頃、イラストレーターとしての仕事が軌道に乗り始めたことから、フリーランスとして独立することを決めました。

「自分のテイストが定まったこともあり、独立を決めました。フリーランスになったからといって大きく働き方が変わったわけではないのですが、毎月一定以上のお仕事が見込める状態ではなくなる不安はありました。実際、全然仕事がなくて暇な時期もあったんですよ。大きな取引先の仕事が一つ無くなったタイミングで、イラストの新たな受注方法を検討することにしました」

問題なく暮らしていけるだけの仕事はあったものの、受注のチャンスは広い方が良い。そう思ったマツオカさんは、クラウドソーシングに登録することに。しかし、そこでの活動は思うようにはいきませんでした。

「最初はクラウドソーシングで全然仕事を受注できなかったんですよ。コンペに参加しても落とされるばかりで。採用された方のイラストを見てみると、“今っぽい”というか、描き込まれたアニメ風デザインのものが多くて、シンプルな線画が特徴の僕の絵とは対照的でした。それで、僕のテイストはクラウドソーシングに向いていないんじゃないか、と思っていたんです」

いくつかの大手クラウドソーシングに登録する流れで、仕事の間口を広げるためにココナラでもロゴ・イラスト制作の出品をすることに。「正直、期待していなかったです」と苦笑いしますが、綿密な戦略が功を奏し、マツオカさんのイラストは注目を集めるようになります。

あえて選んだ、「安さで勝負」とは逆の戦法

ココナラで選ばれるために心がけたことは、主に2点。

まず、サービスの“顔”となるポートフォリオやプロフィールを充実させ、信頼して任せてもらうための土台を作ること。そして「どんなロゴ・イラストでもできます」ではなく、明確に作風を見せ、その作風によってどんな効果があるかを提示することでした。

「ココナラでは線画イラストでロゴマークをつくるサービスを提供しているのですが、記号ではなく絵にすることで注目度が上がる、そしてぱっと見で業種やサービス・店の雰囲気を印象付けられるといったメリットをきちんと説明するようにしました」

さらに、価格設定では大きな勝負に出ます。仕事を受けるためにまずは「安さ」で勝負するという発想が一般的になりつつありますが、ココナラ上でマツオカさんがとったのはまったく逆の方法でした。

「僕の作家性を気に入ってくれた方に、心から納得いただけるイラストを提供したいという気持ちで登録しました。だから自分でサービスの価格を決められるココナラでの価格設定は慎重に行いましたね。

考えた結果、イラストもロゴも一件10万円という価格に設定しました。この1/10以下の価格でイラストやロゴの提供をしている方が大勢いたので、10万円のイラストなんて売れないだろうという気持ちもありましたが、逆にハイクオリティを求める人のニーズを満たすイラストには需要があるんじゃないかとも考えました」

蓋を開けてみると、想像以上に反響がありました。マツオカさんの“読み”が当たったのです。イラストレーターとしてのスキルの高さや実績はもちろん、依頼者の満足度を上げるために努力する姿勢が、価格に対する依頼者の納得度をさらに高いものにしました。

「価格に見合うイラストやロゴを提供できるよう、ヒアリングを徹底的に行うことは最初から心がけていました。双方が納得できるまで何十回とやりとりすることもあります。

また、完成品を作る前にイメージを掴んでいただくための”ラフ画”をお見せするのですが、それにご納得いただけなかったら一から練り直すこともあります。そういったところが、『高くてもいいからとことん納得できるものを作りたい人』に評価いただけたのかな、と思います」

「安く・早く」を求める人がいて、そういったニーズに沿うサービスを提供する方法も知っているが、自分が作りたいものはそうではない——。そうして差別化を図ったことで、ひとつの強い“個性”が生み出されたのです。

本人も気付かない希望を拾い上げるのが、僕の役目

ときには数十回にも及ぶ依頼者との丁寧なメッセージのやりとり。ロゴとは何か、イラストとはどのような役割を果たすものか、といった前提からきちんとすり合わせを行っていくのがマツオカさんのやり方です。

「依頼してくださる方は、そもそもロゴやイラストがどんなものかよく知らない方が多いんです。だから『どんなロゴが希望ですか?』と聞くのではなく、まずは答えやすい質問を投げかけるようにしています。

たとえばお店のロゴを作りたい方だったら、どうしてその仕事を始めたのか、なぜその場所に店舗を建てたのか、どんな雰囲気を目指しているのか、店舗の中のお気に入りのスポットはどこかなどを聞いてみるんです。そうすると、だんだんロゴで実現したいイメージが明確になってくるんですよね。本人も気づいていなかったような希望を拾い上げる。それが、僕が介在する価値だと思っています」

また、依頼のハードルを上げないよう、気軽な印象を持ってもらうことも心がけているといいます。

「僕自身も、ココナラを依頼者として使ったことがあるんですね。そのとき、問い合わせるのって面倒だな、緊張するなって思って……。だから、僕のサービスが気になっている人が連絡しやすいようプロフィールに『気軽に話しかけてください』と記載して、今購入するつもりがなくてもいいし、問い合わせた結果、購入しなくてもまったく問題ないというニュアンスを伝えています」

依頼者とのやりとりには「普段クライアントワークで代理店の人と仕事をしている経験も生きていると思います」とマツオカさん。代理店はクリエイターに仕事を頼むプロで、どんな情報があったら仕事をしやすいか、そのための情報をどう相手から引き出すかを知り尽くしているからです。

そうして着実に実績を積み重ね、2023年3月現在、ココナラでのロゴ・イラストの販売件数は140件以上。依頼者から受けた評価は、すべて最高評価である5.0です。

高い価格を設定することで自分へのプレッシャーをかけ、甘えずにクオリティを追求してきた結果が数字にも表れています。

無駄に思えた時間も、振り返れば無駄じゃなかった

現在はイラスト制作が仕事の8割。作家性を評価され、安定して仕事を受け続けられる土台となっているのは、一見“無駄”とも思えたかつての時間だといいます。

「『前後のストーリーを感じられる』と言って僕のイラストを評価してくださる方が多いんです。それはやっぱり、映画を見ながらイラストを描き続けたかつての経験が生きているんだと思いますね」

特に好きな映画監督は「ジム・ジャームッシュ」だというマツオカさん。ジャームッシュの静かな作風は、マツオカさんのシンプルな線画にも通ずるものがあります。

周りが新社会人として働き始めた頃は、自宅でひたすら映画を見ていた。イラストレーターになり、自分の作風では仕事がとれなかったときも、自分らしさを崩さなかった。そして、同業者がどんなに低価格でサービスを提供していても、自分の絵の価値を信じた。

そういったすべての経験が、“マツオカさんの絵が目にとまる理由”を作っています。

周りと違う道を選択するときは、どうしても不安や迷いが生じるもの。しかし、どんなときも周りに流されずに自分を信じ続けることが、「唯一無二」のスキルへの一番の近道なのかもしれません。

取材・執筆:仲奈々
撮影:飯本貴子
バナーイラスト:マツオカヨウスケ

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